関東かいもん会

開聞出身者の友情と親睦を深める「関東かいもん会」

平成22年度 故郷ニュース

NO、2010-20 2010年12月21日発

前回で最終回の予定でしたが、12月6日と12日付けの南日本新聞一面トップの紙面に、注目すべき2つの重大ニュースが躍り出ていた。

重大ニュースその1〔12月6日〕

 今、名古屋市の河村市長と阿久根市の竹原市長が財政難で改革を求めて、世間を騒がせている。阿久根市の市長は、「職員の給料を減額し、議員の数を減らして歳費を日当制にする」などの言動や議会を開かず専決処分などで一部の市民から、「市政の運営は独裁」だとの反発を受けて、「竹原信一」市長=〔51歳〕の解職の賛否を問う、住民投票が去る5日
に行われた。

 即日開票の結果、解職賛成「7543票」、反対「7145票」で、賛成が「398票」上回った。賛成票が有効投票総数「1万4688」の半数を超え、竹原市長は即時失職した。出直し市長選挙は来年1月に行われる。その間、元愛媛県警巡査部長の「仙波敏郎=〔61歳〕」氏が市長代理に就くそうだ。〔12月6日付の南日本新聞から一部転載した〕

重大ニュースその2 〔12月12日〕

 昨年[H21]6月、強盗殺人、住居侵入罪で逮捕され、犯行を否認し無実を訴える71歳の男性に、鹿地検は11月17日の法廷で死刑を求刑した。弁護側は、「この事件は恨みを持つ者の犯行であり、犯人は別人だ」として、鹿地検と真っ向から争っていた。
 
 そして、12月10日の裁判員裁判で、「平島正道」裁判長は男性に、無罪判決を言い渡した。又、この事件に多くの法律専門の知識人らが、「疑わしきは被告人の利益に」と述べて裁判の成り行きを注目していた。 12月12日の新聞には、「裁かれたのは警察と鹿地検」とあったが鹿地検は、「福岡高検に控訴の意向を協議しているという。〔12月19日の新聞〕

 「警察と地検」が裁かれたのは今回ばかりではない。 2003年〔H15〕4月13日、「県議選」で当選した62才の男性とその支援者12名が、「買収違反」で逮捕され、3年8ヶ月後に全員無罪判決が下された。ジャーナリストの「鳥越俊太郎」氏は、「この事件は、警察と鹿地検の犯罪である」と、テレビで述べている。

 この事件に興味を抱いた、フランスとイギリスのテレビ局が現地の「懐、集落」を訪れて取材し、世にも不思議な「志布志」事件として、母国で放映されたという。

 又、「志布志」市の隣町「大埼町」では、昭和54年〔1979〕に男性の変死体が見つかり、殺人罪で服役した後、30年ほど前から83歳の女性が無罪を訴えて、再審請求の裁判を起こしている。そして、この2つの重大事件は、大勢の方々が真相解明を求めている。

[check]裁かれたのは検察の記事

「なのはな館」指宿市に譲渡 〔12月16日〕

nanohanakan

「なのはな館」http://www.minc.ne.jp/f-nanohanakan/

12月13日午後6時30分から、「指宿シルバー人材センター」=〔会員283名〕の、忘年会が「指宿シーサイドホテル」であった。出席したのは約100名で、理事長は副市長「富永真一」氏=47歳である。
俺と同席して盃を交わしながらの維談で若き副市長は、「県庁の財政課に在籍していたが、この度、指宿市の財政を立て直すために、県庁から派遣されて指宿へきた|という。

 指宿市の財政は厳しいという中で、この様な施設を抱えて大丈夫なのか、財政のべテラン「副市長」|の腕の見せどころである。大いに期待している。頑張れ「富永真一」副市長。

[check]なのはな館指宿市に譲渡記事

昨夜の夢が的中した一日だった。〔12月4日(土)〕

○午前7時、今日は学校が休みで交差点での立哨もない。退屈しのぎに散歩へ出掛けた。「浜児ケ水」方面に向って農道を歩いていると、高齢者の男性が畑の土手の草刈りに来ていた。しかし、草払い機のエンジンが始動せず、汗だくになっている。

 よく見ると、ガソリンとオイルが分離している混合油を使用している。そこで草払い機をシャカシャカとゆすり、タンクの中の「混合油」をよく混ぜた後、一発でエンジンは始動した。農道を散歩していると、農具に様々なトラブルが発生し、その度、手伝っている。

○午後2時、救急車と消防車がけたたましいサイレンを鳴らしながら、[和田邸]へ近付いて来る。そして、170㍍程離れた鉄筋コンクリート2階建ての家で止まった。現場へ駆け付けると家主は不在で、ガスの臭いがプンプンと鼻をつく。

画像の説明

 隣の方によると、「自宅の外へ出たらガスの臭いと、煙がもうもうと部屋の中に立ち込めていた。又、煙感知の警報機がピーピー鳴っていたので、すぐガスの元栓を締めて、消防へ電話した」という。 今回は隣人の気転で大事に至らずに済んだがその原因は、「味噌汁の火を消し忘れ」だった。隣人とは常日頃から、仲良くしておくべきである事を証明した。

○午後6時18分、指宿署のパトカーが「ふれあい公園」の管理事務所へ来て、「110番 へ救助要請があったが、その現場の確認が出来ない」という。パトカーの「ナビ」に点灯する電話の発信源は、開聞岳登山道の2、5合日付近である。

 2合目に駆け付けると、「暗闇の登山道を下山中、横浜の男性=〔77〕が3合目付近で足を滑らせて転倒。その弾みで腰を痛めて動けず横たわっていた、そこへ下山して来た福岡の夫婦と枕崎の若者6名が発見し110番した」という。 そして、救助隊4名と指宿署員2名が怪我人を担架に乗せて、狭い登山道を降りてきた。その後、午後6時55分、小川地区にある「山川病院」へ救急車で搬送された。

昨夜から当直だった〔12月5日(日)〕

 午前5時30分、75歳位の男性が、「下山予定は10時30分だ」と俺に告げて、まだ夜の明けぬ暗闇の中、ヘッドライトを点けて登山に出掛けた。

 そして、午後1時頃下山した男性が管理事務所へ来て、「2、5合日に案内板がないから左の方へ行き、一時間ほど歩いた所で辺りが明るくなり、はじめて登山道から外れている事に気付き、2、5五合目へ引き返して登山した」との苦言があった。

 この男性は間違って、岩崎産業の「かいもん山麓、自然公園」の方へ行ったのである。
管理事務所ではその男性の指摘を受けたその日、「2、5合目」に、「こちらは登山道ではありません」とか、「登山道はこちら」「下山道はこちら」などの案内板を立てて、登山者に注意を促がしている。
 日本百名山の開聞岳は、「海抜924㍍、周囲14㌔」である。

NO,2010-19  

今年は今回で終わりとします。みなさん、良いお年をお迎え下さい。

インターネットで全国へ、〔11月20日〕

レポーター、「和田 寛」が発信する「故郷ニュース」が、去る11月13日から、「関東かいもん会」のホームページで、閲覧できるようになりました。

画像の説明

 このきっかけは、開聞出身の方々が結成している、「関東かいもん会=会員約400人」が10月30日に開催された際、「上野集落」出身で埼玉県春日部市在住の同級生、「坂上攻幸=副会長」氏が「故郷ニュース」を紹介したという。

 これに応えて、千葉市美浜区在住の、「住吉光男」氏が一肌脱いで、掲載されるようになったのです。みなさんもぜひー度、御覧下さい。

真実は一つ〔疑わしきは被告の利益に。11月20日〕

鹿児島で連日、報道されてきた不可解な事件がある。
平成21年〔2009〕6月18日~19日、鹿児島市下福元町の「蔵ノ下 忠」さん=当時〔91〕と妻の「ハツエ」さん=〔87〕の高齢者夫婦が、何者かによって殺害された。
 
その10日後に、現場に残されていた指紋と鹿児島市三和町、無職「白濱政廣」=〔71〕の指紋が一致するとして、強盗殺人、住居侵入罪で逮捕された。
 処が、犯人とされた「白濱」彼告は、「現場に行った事も無い」と、犯行を否認している。
又、凶器とされた「スコップ」には指紋が付いていないし、荒らされた「タンス」の中の現金はそのままという不審な点も多々あり、「冤罪」で無実を訴える弁護側と、11月17日、「白濱」被告へ死刑を求刑した検察側とが、真っ向から争っている。
 11月18日の南日本新聞によると、白濱披告は11月17日の最終陳述で、「ぬれぎぬを着せられ、問答無用に逮捕されて奈落の底に突き落とされた。」と述べたという。

そして、裁判員6人、補充裁判員4人は11月2日の初公判から17日までの11日間に、現場検証などを行い、延ぺ30人を証人尋間したという。12月10日に判決が言い渡される。

続報、市長と語る会〔11月23日〕

去る11月17日、「利永公民館」で開催された、市長と語る会に出席した方によると、市長をはじめ、幹部職員ら18名ほどが出席して、「利永区民」らに「グループに分かれて、利永の良い所と悪い所を、1、何々、2、何々と個条書きにして発表せよ」との指示があったという。

 その各グループから発表された利永の一番「悪い所」は、「我が村には、オイが、オイがのリーダーの者が多い」の意見が挙げられたという。〔一匹狼で、人の意見は聴かない〕
 「良い所」は、「伝統行事が継承されている」事などだったそうだ。
 
そして、語る会では「市」からの一方的な話ばかりで、区民から意見を述べる隙もなかった。又、利永小〔児童数20名〕については、「当分閉校なし」と述べたという。
 しかし、何れは大成小〔児童数251名〕との合併になるであろう。
「上野集落」の方に、「利永小」への通学を反対している理由を尋ねると、=利永小は児童が少なく複式学級のため、勉学がおろそかになり、児童らの学力が低下する。だから児童数の多い「開聞小」で勉学をさせた方が、児童らの将来のためにもなるし、友達も多くできる=という意見であった。

 一方、利永集落民は、「子供たちに元気を貰っている。閉校になれぱ益々〔村〕が寂れてく」という。少子化が進む現状に、利永集落民は危機感を抱いている。

保育園の歩み〔11月23日〕

 子供の減少は何処も同じである。昭和19年9月、託児所として創設された利永保育園は、入園してくる子らに愛情を注ぎながら世話をし、将来のある子らの成長を見守ってきた。

 処が、旧「山川町」時代の「中村治男」町長は、「園児が減少したので閉園する」と、議会で述べた。その事案に利永集落民は、「孫の遅動会が見られなくなる」と、「集落」あげての反対で「閉園」は免れた。そして、利永保育園は今日まで、64年の歴史を歩み続けている。

 しかし、現在の利永保育園には、「上野集落」や「池田集落」、10㌔離れた「指宿」からも通園して来る園児もいるそうだ。これも利永集落に子供が少ないからであろう。

開聞岳で遭難騒ぎ〔11月24日〕

かいもん山麓ふれあい公園キャンプ場

 去る11月21日〔日〕遭難があった。救助に至るまでのドラマを再現する。

○11月21日〔日〕午前7時15分頃
 慨が勤務する、開聞「ふれあい公園」の、管理事務所まえを掃除していると、福岡県から来園し、昨夜〔20日〕「ふれあい公園」の「ログハウス」へ宿泊していた家族連れ8名が、「おはよう御座いますjと、俺に挨拶をした。そして、「これから登山する」という。

○11月21日、午前7時30分頃
 家族8名〔父母、息子夫婦と幼児2人、40才の女性とその弟〕が「じやあ~、登ってきま~す」と、楽しいそうに出掛けたので、「ハ~イ気を付けて」と注意を促がして見送った。

 その後、家族らによると、遭難した40才の女性は、家族から大分遅れていたそうだ。その遅れを気にしてか、女性は急いだ。処が6合目付近で道に迷い山中へ入っていったという。それに気付かず一足お先に頂上へ着いた家族らは、女性の到着を待ち続けた。

 しかし、幾ら待っても女性は到着しない。心配した「弟」は家族より先に下山して「姉」を捜したが何処にも見当たらず、「山川、開聞消防分遺所」に遭難届けを出したという。

○11月21日、午後2時30分頃
 通報を受けた分遺所は緊急出動のサイレンを鳴らし、旧「聞聞町」の各消防分団に開聞岳登山道入りロヘ集合を命じた。これには岡児ケ水の分団も加勢に加わり、総勢100名以上が登山道入りロの2合目に集合した。

○11月21日、午後3時前〔この時点で遭難の一報が俺に届く〕
 直ちに80名以上の消防団員や警官らが開聞岳の山中へ入り、「オーイ、オーイ」と大声で呼びながら、今世紀始まって以来の大がかりな捜査がはじまった。

○11月21日、午後4時前
 「県」の救助ヘリも上空から捜査に加わる。しかし、女性の発見は出来ず、又、日暮れのため午後5時過ぎで、ヘリからの捜査は断念した。

○11月21ロ、午後6時頃
 捜査員らの大声に応えて、9合目付近の山中のはるか下で、女性のかぼそい声がした。処が、日没で辺りは暗く声のする方角が確認できず手間取った。又、雨も降ってきた。

団員の中には野良仕事から半そでシャツで駆け付けた方もいて、寒さにブルプル震えていたという。そして、女性の声を頼りに山中の生い茂ったヤボを払いのけ、木の枝を切りながら、一歩一歩足元を確かめて下へ降りて行き、女性のいる所へ辿りついた。

○日付けは、11月22日、夜中の午前O時過ぎ
 憔忰した女性を保護し、残留の捜査隊が待機している、9合目の登山道まで誘導した。この救助活動だけで約6時間も掛かったという。

○11月22日〔月〕午前2時30分。
 女性を無事に下山させ、その後、消防団が解散したのが午前2時ころで、「ふれあい公園」の職員が事務所を後にし、帰路についたのが午前2時30分だったという。
 そして、約12時間にも及ぷ人騒がせな、救助活動のドラマは終えた。

○開聞岳ではこの様な遭難騒ぎが毎年「5、6件」発生し、その度に、開聞の消防団員は出動して、救助に当たっている。ご苦労様です「敬礼。」

思いを17文字〔5、7、5〕に表す〔11月25日〕

頴娃町、知覧町、川辺町の3町が、平成19年12月1日の合併で南九州市になった。
その川辺出身の俳人、「福永幸二」を偲ぶ、「第12回、南九州市かわなぺ青の俳句大会」に、大成小〔児童数251名〕と山川小の児童らが出品した俳句が、「学校賞」に「入賞」した。

 大成小では国語主任、「船迫仁彰=45才」教論が「毎月一回、朝の〔俳句タイム〕を通じて、俳句作りを指導して4年目になる」そうだ。又、「長文が苦手な子もいるので、まずは短い作文からと考えて始めた」という。
 大薗校長に、「人賞おめでとう」の言葉を掛けると、ニコニコ顔で、「ありがとう」の返事が返ってきた。

 山川小も昨年に続く受賞である。俳句作りを指導する学校主事の、「今村富枝=56」さんは、「児童には実体験を通じて素材を見つけるように指導している」そうだ。
 大成小と山川小の2校は昨年に続き、2年連統の快挙に輝いた。「2校ともおめでとう。」

 11月26目の南日本新聞によると、〔11月27日記〕
 鹿児島県内外の小中高校、特別支援学校の児童生徒「5万4268人から、9万8909句の
応募があり、学校賞F20校」、県知事賞、青の大賞「18点」、特選、入選、佳作「2493点」
が選ぱれたとある。表彰式は12月4日、川辺の岩屋公園〔魔崖仏の所〕で行われた。

懲戒免職処分〔12月3日〕

指宿商業高校

 天璋院「篤姫」の生家跡にある指宿市立「指宿商業高校」は、日本プロ野球「ダイエーホークス、〔現、ソフトバンク〕」や「社会人野球チーム」へ、多くの生徒を輩出している。
 又、「テニス」部は、全国の高校総体や様々な大会で度々優勝した事もあり、「文武両道」に長けた有名な学校である。そのためか、生徒らも真面日で成績優秀な方も多い。

 そして、商業科の実習として、生徒らが物品の仕入れから販売までを手掛ける、「指商デパート」が、11月17日に同校の体育館で開かれた。今回で21回目となる会場には、大勢の買い物客が押し寄せて、過去最高の売り上げだったという。学校あげて、教師、生徒らが一体となっての頑張りに、父兄や地域住民らも応援をして見守っている。

 処が去る、11月3日午後2時ごろ、39歳の男性教論が指宿市内のスーパーマーケット内にある、「プリクラ」コーナーで、少女の右胸付近を衣服の上から触った疑いで、指宿署員に、「県不安防止条例違反〔卑わいな行為〕」で現行犯逮捕された。
 この様な被害が頻繁に指宿署へ寄せられていたので、刑事が張り込み中だったという。

 この学校で働いている知人によると、「当日は祝日だったが出勤して、12時過ぎに帰宅した。遼捕後は新聞杜、テレビ5局など、様々な所から問い合わせの電話が殺到して、対応に追われた」という。市教育委員会は12月2日付けで、男性教論を懲戒免職処分にした。

NO,2010-18

半世紀ぶりの再会[10月19日]

「利永村立利永中学校」の1年生まで、机を並べてともに学んできた我々同級生は、昭和30年(1995年)4月1日から、利永集落と尾下集落は山川町と、上野集落は開聞町との合併になった。

そのため、上野集落の子供達は開聞の小中学校へ通う事になって、我々とは離ればなれになった。そのため上野の同級生とは親近感も薄れ疎遠になっていた。

処が、10月18日埼玉県在住の「坂上政幸」氏と、54年ぶりに利永の同級生宅で会った。俺の記憶にある少年の「坂上」氏は、少年腕白であったが昔の面影はなく、温厚な人柄がにじみ出ていた。

そして、半世紀ぶりに会って頂いた「名刺」には「関東かいもん会副会長」の肩書きがあった。「坂上」氏によると「10月30日に第22回目の[関東かいもん会]が開催されるので、その準備で忙しいとの事であった。
 当日はお互いに時間的に余裕もなく、昼食をご馳走になり又の再開を約束して別れた。

りえもん祭り[10月19日]

画像の説明

「坂上」氏と別れた後、徳光神社で行われた、「りえもん祭り」の取材に出掛けた。
 68歳の男性によると、昔から徳光地区に伝わる行事で、「五穀豊穣」を祝い、「家内安全」と「無病息災」を祈願する、「ほぜ祭り」であるという。

 その後、徳光出身で山川港の豪商「河野覚兵衛」所有の「交貿船」の船員だった、「前田利右ヱ門」が、宝暦2年(1705年)に「琉球」から「いも」を持ち帰り郷土へ広めた。

そして、300年目の2005年11月5・6日に、県内外から大勢の人々が駆けつけて「さつまいも伝来300年祭」を開催した。

 その「りえもんさん」の偉業に「感謝と村の活性化」を図るため、平成19年10月から「ほぜ祭り」の名称を「りえもん祭り」と変えて、今回で4回目の「祭り」であるという。
 
 子供達は揃いのハッピ姿で、「こども神輿」と「おいもさん、ありがとう」と書かれた「たるみこし」を担ぎ、「わっしょい、わっしょい」の大声を出して、徳光小から神社までを練り歩いたあと、子供達による「奉納相撲大会」が行なわれた。

昔の「ほぜ祭り」には、神社の賛同に露天商がズラリと並び、境内では「田舎相撲」の力士たちが大勢参加して、「奉納相撲大会」が盛大に行なわれていた。

そして、見物人は「焼酎」が振舞われ、大勢の人で賑わっていたそうだ。
又、開聞地区の「塩屋集落」61歳の男性によると、「17歳の時、山川高からの下校中、徳光の同級生に誘われて「ほぜ祭り」に出掛けた。

すると、大男たちの相撲大会が行なわれていた。早速の飛び入りで土俵に上がり、3人勝ちと5人勝ちで優勝した。 その時に頂いた商品は「プロパンガス」だった。それを肩に担いで土俵入りの[四股]を踏んだ」という。
あの頃の「プロパンガス」は「貴重なものだった」と44年前を振り返り懐かしんでいた。

サウナ風呂にて[10月20日]

画像の説明

 約6ヶ月ぶりに竹山の市営温泉へ行った。「サウナ」室へ入ると顔見知りの方ばかりである。「さっかぶい」の挨拶を交わし雑談をしていると、浅黒く日焼けした逞しい中年の漁船員5名入ってきた。

 その漁船員らによると、「宮崎の75㌧の『漁船』で、乗組員は17名。今回は台風13号が台湾付近に停滞しているため、海上は『おおしけ』で、出港を見合わせた」という。

「かつお」漁について尋ねると、「山川港を出港して屋久島近海や大島群島近海で、約17㌧~20㌧の『かつお』を一本釣りして、3日目に「山川港」で水揚げする。その『漁』は、値段の高い県外の魚市場へトラック便で運ぶ」そうだ。

 又「今は消費者の目と口が肥えているから、鮮度が落ちない3日間が勝負だ」という。
「大魚」と「安全航海を祈る」と述べると、「ありがとう」の言葉が返ってきた。

秋の「いぶすき温泉祭り」〔10月26日記〕

 指宿市最大の「いぶすき温泉祭り」が、10月23,24日の2日間、指宿駅周辺や元たばこ専売公社跡の、「セントラルパーク」イベント広場周辺で盛大に開催された。

この祭りの起源は、「今和泉家、島津の殿様」が、「お湯」の豊富に涌き出る「二月田」に温泉施設をつくり、その「殿様湯」の隣に「お湯の神様」を祀り、「湯権現神社」として
崇めてきた。
 
そして、戦後復興期の昭和22年、地元産業の発展を願い、商店街や旅館等の商売繁盛を、「湯権現神社」で祈願のお祓いをした後、「神輿」を担ぎ、指宿「芸者」らの「三味線、太鼓」で賑やかに、指宿の街を練り歩いたのが始まりだという。
 
今回、23日の「祭り前夜祭」の会場では様々な園芸が催され、5千発の花火が打ち上げられたという。その大音響は「ふれあい公園」にいる、俺のところまで鳴り響いた。
 
後日、市の職員に尋ねると、24日夕には30団体の「踊り連」が参加して、約1千300人が駅周辺で「ハンヤ踊り」を舞い、2日間で約5万5000人の人出で賑わったという。

この「ハンヤ踊り」は、江戸中期に北前船が九州の東シナ海を航海中に、7つの港に寄港して広めたという。そのため、九州には「7つのハンヤ節の唱と7つの踊りがある」そうだ。

故郷の芸能、神舞〔かんまい、成川では「かんめ」という〕

 成川地区の総鎮守である、「南方神社、〔旧諏訪大明神〕」に伝わる、「神事」の「神舞」行事が、10月23,24日の2日間行なわれた。〔温泉祭りと同じ日〕

この南方神社「神舞」の案内板によると、江戸時代に諏訪大明神の社家であった有馬家の系図に、慶安2年〔1649〕ごろ、藩主「島津光久」の前で舞ったと記されています。

「神舞」は、本来「グレ」という特殊な「神事」に付随して行なわれます。「グレ」は、祓いと祈願の「神事」で、「神輿」を担いだ厄年の男たちが、祓いを必要とする新築の家だけでなく、家内安全や商売繁盛、無病息災を願う旧成川村の家々を2日間かけて巡回し、4つの「神舞」が舞われます。〔和田より、お祓いと神舞は、一軒の家で約15分かかる〕
 
成川「神舞」は3年ごとに奉納される市指定無形民族文化財で、南薩地方では唯一、十数番を舞う「神舞」として知らされています。昭和46年に当時の成川青年会によって復活し、現在は保存会により継承されている。以上。
 
今回は、2日間で「89軒」の家々を巡回した後、24日の午後6時から午後11時30分まで、成川保育園の園庭にて「神舞」が舞われ、大勢の地区民が見物に訪れた。
俺も交通整理のため行列に動向したが万歩計には2日間で、4万1222歩と記録されていた。

外人市長との握手〔10月24日〕

画像の説明

 24日、井出方集落で、「神舞」行列〔約95名〕の交通整理をしていると、俺の前で「マイクロバス」が止まり、「アロハ」姿の大柄の男性3人と、市の女性職員2人がバスから降りてきた。

その中の一人の男性がニコニコ顔で俺に歩み寄り、手を差し出して握手を求めてきた。そのため、「オー、ハロ~、ハロ~」と、手振り身振りの「和田語」で握手に応じた。
 
すると、通訳の女性職員が、「この方は、指宿市と姉妹都市を結んでいるオーストラリアの、ロックハンプトン市の『ブラッド、カーター』市長です」と俺に紹介した。
 
握手したまま「和田語」で、「オー、オー、ワンダフル、ベリーグッド」と話しかけると、
今度は俺に名刺を渡してから同業者へ、「握手をしている姿を写真に撮れ」という。
 
40分間程、成川住民に愛嬌を振りまき、「神舞」の視察を終えて指宿へ帰って行った。
同行者によると、「姉妹都市締結30周年記念に、温泉祭りへの招待で来日した」という。

法令講習会〔11月4日〕

 11月4日、午後7時から成川区民センターで、「交通安全」の法令講習会があった。
この法令講習会は毎年行なわれているもので、今回は地区民の約70数名が出席していた。
 
そして、講師を務めた警察官によると、今年の10月現在、指宿署管内では21名の方が「飲酒運転で逮捕された」という、ショッキングな報告があった。
  
みなさんも飲酒の際には、「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」の原則を守って下さい。

不審者への警戒〔11月12日〕

11月12日午後3時40分ごろ、大成小の教頭先生から、「下校中の女児が成川の前園集落で見知らぬ男性に声を掛けられて誘惑された、との届けがあったので、スクールガードの方も更に警戒をして下さい」と、要請の電話があった。
 
今年の大成校区では、この様な類似の犯罪が5件発生している。それも、成川地区で頻繁に起きている。子供らが安心安全に登下校するには、地域住民の協力も必要である。

文化祭〔文化協会山川支部長、西元四男〕11月14日

 芸術、芸能文化の秋を迎えた11月14日、平成22年度の第34回山川地区文化祭が、山川文化会館〔元、山川町民会館〕で開催された。
 
会場入り口のロビーには、丹念に手入れされた盆栽や色あざやかに描かれた、力作の絵画など、様々な作品が展示されており、観覧に訪れた人々の心を釘付けにしていた。
 
その躍動感溢れる絵画からは、今にも画面が飛び出して来るような作品が多く展示されてあり、おもわず感動した。
 
又、芸能会場の舞台では、フラダンスや日舞、郷土芸能、唱、コーラスなど、様々な芸能、園芸が催しされた。そして、踊り手らは日ごろの練習成果を観客に披露していた。

市長と語る会{車座、座談会}〔11月18日〕

 11月17日午後7時から利永公民館で、「豊留悦男」市長を招いて、座談会が行なわれたという。利永のある男性によると、座談会の数日前に、「住民から市長への要望は一切受け付けない、地域の問題は地域で解決せよ」との、回覧板が各家庭に回って来たという。
 
これが事実であれば、由々しき問題である。何故ならば、市の執行部は地域住民から寄せられた声、要望を真摯に受け止めて、街つくりに活かすのが本来の姿であると思う。
 
噂によると、利永では「小学校を閉校する」という、事案が生じているそうだ。
その「利永小」の存続を守るには、上野集落の子供たちを利永小へ通学させる事が解決策であるという。処が上野集落の住民はその「案」に、「反対」を唱えているそうだ。
 
この様な重要事案を行政側の力添え無くして、地域の住民だけで解決出来るだろうか、はなはだ疑問である。

NO,2010-17            故郷ニュースPDF版

はじめに(今回は10月17日までの情報、次回は10月20日から)
秋も深まり、運動会や祭りも今がたけなわです。10月16日は南薩一の祭りと云われる、枚聞神社の五穀豊穣を祝う「ホゼ祭り」が、17日は指宿市民体育祭が行われました。

お礼のビール[10月1日]

 去る9月30日午後4時20分、いつものように大成小前の交差点で下校中の子供たちの横断を誘導していると、利永の「西村伊勢吉」夫婦の車が俺の前で止まった。
 
 そして、「和田、わいげぇ~を、たんねいったどん、わからんかった。ほい、ビールを持って帰れ」と、云いつつ24缶入りの「のどごし」を「ワンケース」俺に渡した。

「なごいなっ」と尋ねると、「いつも写真を撮ってくれるっで、そのお礼だ」という。
「さいもとれ」と勧めるので有り難く頂いたが、「自分さえ良ければ」という、「義理人情」の薄れゆく中で、「伊勢吉あにょ80歳」は義理堅い男である。

その反面、9月26日利永の運動会で「20名」の生徒を記念に写し、2日後に20枚を渡したが、20名の「親」からは、「ありがとう」の電話もなく、薄情な者ばかりである。
 たかが写真一枚で騒ぐ程度でもないが、世間では「他人を写せば金がかかるので、他人は絶対写さない」という方が多いのが現状である。

日本一安い温泉

 我らの郷土には、川尻の「開聞レジャーセンター」300円、「こがはま温泉」200円、徳光地区の岡児ケ水「区営温泉」120円、、竹山の「山川ヘルシーランド」300円、「うなぎ温泉」200円、等の温泉施設が沢山ある。

山川ヘルシーランド

この多くある温泉の中で、浜児ケ水の区営温泉は「回数券を20枚」まとめて買うと、入浴料金は75円で「日本一安い温泉」として、広く知られている。

 時には旅行者が「日本一安い温泉」の看板を見て、興味本位でわざわざ入浴に来る。
「湯守り」の男性によると、浜(児ケ水)の区営温泉は、「湯守り」2人の給料と管理費を差し引いても、年間50万円程の黒字だという。
 ここには様々な職業の方が入浴にくるため、「故郷ニュース」の情報源にもなっている。

湯船の中での嘆き[10月6日]

 山川の「かつお節工場」で働く37歳位の川尻の男性が、疲れた身体を癒すため帰りがけに浜の温泉へ来た。

 この男性に、「景気はいげんか」と尋ねると、「明日から仕事に来んでもよか」と云われたという。「まだ子供に金が掛かるのに困ったなー」と、つぶやいていた。

開聞温泉

 この男性によると、世界の食卓が肉食から魚食へ変わり、中国などの「缶詰工場」が魚を高乱価格で多量に仕入れるため、「かつお節」の原料となる「冷凍かつお船」が山川へ入港せず、アフリカ近海で漁獲した日本の「まき網船」は、値段の高い中国へ持っていく。

そのため、約20社ある「かつお節工場」では、9月9日の「かつお節」入札後、生産を縮小し、賃金の安い中国女性だけを雇い、その他は殆ど解雇したという。
 だから職業安定所は、「かつお節工場」を「解雇」された労働者で、溢れているそうだ。

廃屋の数[10月8日]

 利永の「空家」になっている敷地の草払いを頼まれた。現場を見に行くと荒れ放題で足場の踏み場もないほどだった。この仕事は俺一人だけでは無理なので、「シルバー人材」から3名の働き手を派遣してもらい、悪戦苦闘の末、作業を終えた。

この様な「草ボウボウ」の屋敷はどの地域でも見られ、空気が乾燥している日に、火のついた「たばこ」の吸殻を「ポイ」と投げ込まれると、火災の原因にもなる。

そのため利永消防団が防災のため、我が村の「空家」を調査したら、約「20軒」がすぐ住める。
他は荷物が置かれているとか、手入れしないと住めない家とか、廃屋が多数あったという。これも過疎化が進む現象であろう。

【参考までに】
 不用になった「家屋」を解体業者に依頼すると。一坪4万円~6万円が相場である。事例を述べると、今年5月5日大山バス停隣で、店舗付住宅と軽量鉄骨2階建て住宅、併設する倉庫を全焼する火災があった。

 その後、指宿の解体業者が処分した際、作業員に「処分代」を尋ねると、「400万円」だという。田舎では高価な廃屋の処分代に、みんなが頭を痛めている。
又、大型ダンプ1台が最低5万円、軽トラ1台2,000円、森林組合に依頼して直径30cmの「立ち木」切って処分すると「1本」3万円、それ以上の「立ち木」は5万円かかる。

鹿児島県では家庭ゴミ、産業廃棄物の不法投棄が発見されると、懲役3年、罰金「1000万円」が科せられる。又、住宅地内での「ゴミ焼き」や畑などで「ビニール」などの焼却も厳しく制限され、県の「ヘリコプター」が毎日県内を飛び回って上空から監視している。
 2年程前にある人が、ゴミを燃やして黒煙を上げていると「ヘリ」が飛んで来て、現場上空から証拠写真を撮った後、畑に舞い降りて厳重に注意されたという。[真実の話]

「今昔物語」、海を渡る。[10月12日]

 10月10日、遺骨収集のボランティア活動で、沖縄にいる「西村孝男」氏から、「沖縄の県立図書館に[今昔物語]が置いてあった」との知らせの電話があった。

今昔物語

 これは「西村」氏が沖縄で戦死した父の慰霊祭に出席した際、乗り合わせたタクシー乗務員に、「この本を仲井真知事に渡してくれ」と「今昔物語」を一冊預けたそうだ。

 その後、一ヶ月ほど過ぎたころ、「県立図書館へ一冊、保存版に一冊、知事室に一冊保管するので3冊贈れ」との連絡が「西村」氏のところへ来たという。[沖縄に4冊ある]
 幕末の頃、「利永むら」と琉球は交流があって、琉球人から「琉球傘踊り」を伝授した。
それが継承されて現在も「踊っている」、これが、沖縄県知事の目に留ったのかも。

観光客の減少。[10月14日]

 10月11日の南日本新聞一面トップに、「県外宿泊客65万人減」の記事が出ていた。
そして、鹿児島県がまとめた2009年の観光統計によると、前年比8%減の750万人で、NHK大河ドラマ「篤姫」ブームに沸いた前年のの814万人8000人から一気に65万人減少した。その原因は、「篤姫」効果が一過性に終わった事や世界的な景気後退、新型インフルエンザなどのによるものであるという。

又、観光消費額は約2割減っており、「近場で安くすませる、安・近・短、志向が鮮明に現れた」と分析している。地区別の宿泊観光客数をみると、前年に「篤姫」効果が大きかった指宿が144万人と前年比16.3%減となっている。
 今年の観光動向調査でも「口蹄疫」の影響などで、宿泊客の前年割れが続いているそうだ。

山川~根占航路の再開に向けて[10月14日]

根占フェリーより

 3月1日から休止となっている山川~根占航路は現在、山川~指宿~大根占港を不定期で運航している。南九州船舶[鹿児島市、今村勝博社長]と11月中に契約を結び、2011年3月に運航再開を目指すという、明るいニュースが伝えられた。

 運航予定のフェリーは130t程度で、大型バスなどを同時に2台以上運ぶ輸送能力も備えているそうだ。
 この航路は2月末まで、岩崎産業が「ぶーげんびりあ、1478t」を使用して運航していたが、赤字を理由に停止した。

powered by HAIK 7.0.2
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. HAIK

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional